2009年11月29日

さらば愛しき女よ(ネタばれ注意)


私立探偵フィリップ・マーロウがいつもの軽妙洒脱な軽口を離れて、少しムキになる場面(滅多にないんだけど)にグッとくる。ちょっと引用しますが、未読の方で、かつ、これからこの本を読まれる予定がある方は、以下は読了後にどうぞ。なんだかんだでミステリ作品なので。

P.358(最後のページ。ミステリの引用だっつうのによりによって最後のページ持ってくるたわけです俺は。) マーロウのセリフ:
「ぼくは彼女が立派な女だとはいわない。いままでにも、いったことはない。追いつめられて、絶体絶命になるまでは、自殺もしない女なのだ。しかし、彼女が自殺をしたことは、ここで裁判を開く必要をなくしてしまった。そのへんをよく考えてみたまえ。ここで裁判が開かれれば、誰がいちばん打撃をうけるんだ? 一ばん苦しい思いをするのは誰なんだ? 裁判の結果、勝つにしても負けるにしても、引分けに終るにしても、もっとも大きな犠牲を払うのは誰なんだ? 愛し方は賢明ではなかったが、彼女にもっとも深い愛情を捧げていた老人なんだ」
そういえば、『長いお別れ』を読んだときにも、同じような「グッ」があったんだ。その記事中ではなぜか(おそらく長すぎて肩が凝りはじめたから)触れなかったんだけど、半年経っても思い出すくらいだから、読んだときは相当グッときたにちがいない。

『長いお別れ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)P.423
「しかし、マーストンはきわめてありふれた名前ですよ」と、スペンサーはいって、ウィスキーに口をつけた。そして、頭を横に向けて、右の睫毛をわずかにさげた。私はもう一度、腰をおろした。「ポール・マーストンだって、珍しいとはいえない。たとえば、ニュー・ヨーク市の電話帳を見ると、ハワード・スペンサーが十九人いる。しかも、そのなかの四人があいだに頭文字のはいらないハワード・スペンサーなんです」
そんなことはわかっていますよ。顔の片がわを迫撃砲の砲弾でやられて、外科手術の疵あとが残ってるポール・マーストンが何人いると思うんです
スペンサーの口がだらしなく開いた。深い呼吸の音が聞こえた。ハンケチをとり出してこめかみにかるく押し当てた。
自分は砲弾にやられながら、メンディ・メネンデスという名のギャングの命を救ったポール・マーストンが何人いると思うんです。(略)」
太字俺。

とりわけ機知に富んだ印象的なセリフが取り上げられがちなマーロウ(あるいは作者レイモンド・チャンドラー)。もちろん、はしばしにかっこいいな、シャレてるな、クールだなと思わされるところはあるんだけど、それが故に、長編一冊の中に数行しかない、人間クサい、男クサい、熱を帯びたセリフが際立つのかもしれないね。

どっちもミステリ作品なので一度読んだらストーリーはわかっちゃうんだけど、月日が経ったらまた読み返したくなるだろうな、と思う。でもね、そのときはそのときで、村上春樹訳を読むという楽しみもまだとってあるから無問題なの。

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