2009年5月16日

長いお別れ


レイモンド・チャンドラー(Raymond Chandler)『長いお別れ』(原題:"THE LONG GOODBYE")(清水俊二訳)。おととし、村上春樹の新訳が出て(これは邦題『ロング・グッドバイ』。)、去年その軽装版も出た。一部でチャンドラー人気が再燃したようだ。

以前村上さんのエッセイかなんかで、『カラマーゾフの兄弟』『グレート・ギャツビー』『ロング・グッドバイ』の3作が目指すところなのですみたいなのを読んだ。『カラマーゾフ』は前に書いたようなわけで、手は付けたけれども俺にはまだ早かった。『グレート・ギャツビー』は野崎孝訳を読んだ。これは掛け値なしにおもしろかった。ということで『ロング・グッドバイ』いってみよー!と。

ここで、分かってる人は分かっていると思うけれども、『ギャツビー』にしても『ロング・グッドバイ』にしても、村上春樹が新しく翻訳したのが出てるんだよね。では、なんでチョムゲは村上訳を読まないんだ、っつう話になると思う。清水俊二訳も野崎孝訳も、発売されたのはもうずっと昔のことで、まあ、誤解を恐れずにはっきり言うと「古い」バージョンっていうことだ。村上さんが現代日本語訳の筆を執ったのもひとつにはそういうこともあるのだろう。

これにはいいわけがあって、名作が名作と呼ばれるにはそれなりの理由があるからだ、手短に言うとこうなる。みんなが名作だと言って、では、って村上さんが新訳を書くもとになったのが、清水・野崎訳だと思うの。もちろんオリジナルは英語で書かれたものになるんだけど、そんなことを言ってるんじゃなくて、日本で読者を獲得したのは原文じゃなくて旧訳だってことなの。たぶん村上版新訳もそれぞれすばらしいんだと想像できるよ。おそらくその通りなんだろう。でも俺だってその源流たる旧訳の体験がしたかったの。俺漏れも、なの。新訳はあとで味わいの違いを楽しむためにとっときたいの。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』も村上訳じゃなく、野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』を先に読む感覚、って言えば分かってもらえるだろうか。



えーと、前置きが長くなったけれども、『長いお別れ』です。恒例のポスト・イットからいくつか。

  • P.327に「マルホランド・ドライヴ」という道路が出てきて、ビクリツした。2009/04/02の記事で書いたばかりの映画だったから。偶然だろうけれども。でも、デイヴィッド・リンチももしかしたら"The Long Goodbye"を読んだのかも・・・ってこれは勘繰りすぎだな。読んだ/読んでないに関わらず、マルホランド・ドライヴはハリウッドを俯瞰するロケーションに実在する道路だから、それをあの映画で使おうという発想は(ありがちとは言わないまでも)出てくるものなのかも。
  • P.445に「井戸」という言葉が出てくる。もうハルキストであればビンビンに反応せざるをえない単語(後述)。豆余談だけど、井戸って"Well(良い)"だよね。なぜかちょっと気になってあらゆる言語で引いてみたの。そしたら、【井戸(日)】---English(英)-Well、French(仏)-Bien、German(独)-Gut、Spanish(西)-Bien、Russian(露)-Ну、ItalianItalian(伊)-Bene、といった具合に、ほとんどの言語で「良い/上手な」っていう意味があるらしいのだ。まあこういうの調べるのは大学生にやらせればいいのでここらへんにしておきます。
  • P.515に、マッテマシタの名ゼリフ、「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」がきます。本文中の言によればこれはフランスの言葉だそうですが、俺には于武陵(うぶりょう)の漢詩『勧酒』の井伏鱒二訳「コノサカズキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ 花ニ嵐ノタトヘモアルゾ サヨナラダケガ人生ダ」がじわっと浮かんできました。どちらもとてもせつなくて深い「さよなら」の言葉ですね。

とまあ、主なのはこれくらいで。ポスト・イット全部挙げてたら歳が暮れちゃうくらい時間がかかりそうなので勘弁して下さい。



ここから余談ですが、巻末の清水俊二の「あとがきに代えて」に、ロバート・アルトマン監督の映画「長いお別れ」について書いてありました。俺はまだ観てないんですが、これによると、映画版だと主人公フィリップ・マーロウはネコを飼っている設定なのだそうです。これは小説との差異です。で、なんでこんなことを俺が書いているのかというと、この映画版に登場するネコは事件のあいだにいなくなるというからなんです。本当にハルキスト向けの文章で申し訳ないんですが、「猫がいなくなる」、これ、ビンビンきませんか? そうです、村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』です、これも話の中で猫がいなくなりますよねー。勘繰りもたいがいにしろよと言われそうですが、もっと言えば前述の「井戸」だって『ねじまき鳥クロニクル』でかなり重要なもんでしたよね。それから、途中でマーロウが殴られ、頬に跡ができるところ。『ねじまき鳥クロニクル』の主人公オカダトオルも(こちらは原因不明だけれど)頬にあざができちゃうんですねー。これって。。。まあいいや、誰か文学部で比較文学とか専攻していて卒論のテーマがなかなか決まらなくて困っている学生に提供します。(丸投げとも言うw)

おまけにもひとつ余談ですが、フィッツジェラルド(F. Scott Fitzgerald)の"The Great Gatsby"はこちらで無料で読めます(英語)。著作権が切れているのって、いいね。作家が亡くなってそれだけ長い時間が経ってもまだ、読みたいっていう人や誰かに読ませたいっていう人がいるんだからね。日本文学だと青空文庫が著作権フリー電子テキストの老舗になるんですかね。「文豪」って言われる作家の作品はたいてい揃ってますもんね。あと関係ないけど、「文豪」っていうワープロと「書院」っていう・・・・・・(省略されました 全て読むにはチョムゲを飲みに誘って下さい)

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