2009年9月3日

ただいまを言うということ―『終の住処』




妻はそれきり11年、口を利かなかった――。

30を過ぎて結婚した男女の遠く隔たったままの歳月。ガルシア=マルケスを思わせる感覚で、日常の細部に宿る不可思議をあくまでリアルに描きだす。過ぎ去った時間の侵しがたい磐石さ。その恵み。人生とは、流れてゆく時間そのものなのだ――。小説にしかできない方法でこの世界をあるがままに肯定する、日本発の世界文学! 第141回芥川賞受賞作。(Amazon.co.jpより)

おそらく既読の方が検索していらしてこれを読むだろうとタカをくくって書き始めます。悪いけど。

上の「妻はそれきり11年、口を利かなかった」っていうのも、実際に利かなかったかどうかが大事なんじゃなくて、主人公が半生を振り返ったときにそういうふうに言えちゃう、時間というものの重さ。どうあれ、長い年月をともに過ごした男と女。これをメインだと感じた。俺は、この作品を文藝春秋で読んだんだけど、選評と、受賞者インタビューが読めて良かったと思う。

インタビューでウムー、と思わされたのは、「日本では四組に一組が離婚するそうですが、それならなぜ、四組に三組は離婚しないんだろう。どんなに危機的な状況が続いても、どちらかが息を引き取るまで一緒に過ごしてしまったら、それはやっぱり立派な夫婦なんじゃないか。」っていう部分。作品を読み終えてあらためてまたインタビューを読んで、腑に落ちた。



・・・とまあ、誰でも書けそうな感想はここらへんで止めて、みなさんお楽しみの、お待ちかねの脱線、チョムゲブログ名物<余談>にいきます。(笑)

この小説を読み進めていくうちに、デジャヴュ様の感覚が萌えてきて、でも何なのかはっきりとは思い出せずにいた。で、ラストのシーンでバァーン!ときた。完全に思い出した。だいぶ前に、まだ俺が床屋で職業訊かれても「学生です(キリッ」って言えてた頃に読んだコミック、石坂啓『I'm home』だった。



どうやら今は新刊は入手困難な様子なので、ちょっと読んでみたい方は俺んち来れば読ませてあげる。

このストーリーは、主人公の男が単身赴任先で、ある事故(たしか一酸化炭素中毒)に遭って5年分の記憶喪失になって始まる。カギをたよりに自分の家族がいる家へ帰るんだけど、まず最初に帰った家ってのがもう既に離婚した妻と娘の家で、主人公は彼女たちの記憶はあるから帰れたつもりになってたら、実は縁を切ってたことを知らされる。その後、ようやく再婚した相手の(言い換えると現在の妻と息子の)家までたどり着くんだけど、これが怖いことに、顔が思い出せないの。面と向かってても、まったく憶えてないの。コミックだから登場人物は絵で描写されてるんだけど、その顔が、仮面というか覆面というか、そういういわゆる「その他の人物」みたいな顔なの。表情とかも無い。

記憶を喪っていながらもまず最初に「自分の家だ」と思って帰った場所が、自分が捨てた場所だった、そして「あなたの家はここですよ、この人たちは家族ですよ」って言われた場所と人間を、思い出せない。だから考えるわけ。「心の底ではやっぱり最初の家族なのかな」と。

だけど、だからっつって顔を知らない今の家族を捨てて元に戻るってことはしないわけ。下巻の最後の最後まで顔はお面をつけたままなんだけど、主人公はそれを引き受けるの。



『終の住処』のラストと『I'm home』のラストに、ディーテイルは違うにもかかわらずデジャヴュを覚えた。



#追記 2009/09/03
この記事を午前中に書いたあと、昼すぎに前の住まいへ行って、『I'm home』をはじめその他の書籍類を少し運んできた。(本は、重い。重いし、運びづらい。いつになったら引越しが完全に済むのか)

夕方帰ってきて、『I'm home』をちゃんと読み直した。そうすると、内容が微妙に記憶とずれていて、なんで『終の住処』を読んでこれを思い出したんだろうと不思議になった。十年も前のコミックだし、そのあと書棚の肥やしになっていたし、記憶があやふやになるのもままあることかもしれない。で、「家」を扱った作品つながりでー、ってデジャヴュ起こしたのかもしれない。だけど、おもしろいなぁと思ったのは、十年のあいだに、自分の中で(そんなつもりは全然なかったけど)ストーリーを改ざんしてて、自分仕様の物語にして頭の引き出しに仕舞っていたことと、それらの(オリジナルとセルフ・メイドの)2つの物語のずれ。この「ずれ」って、一人ひとりの特有のものだから、どこがずれたのか、なぜずれたのか、を考えたらなんだかポワーンとしたわ。

というわけで、午前中に書いた文章の中には齟齬がいくつかある。あります。あ・り・ま・す・が、あえて訂正せずに、この追記だけ書かせてもらいます。十年後くらいにまた別の「ずれ」が発見できたらおもしろいかなぁ、なんてのんきに考えつつ。

ここから余談ですが、
なんだかんだでこのブログ、そろそろ一周年です。はえーです。一発目の記事はチョムゲブログ: 1Q84: 千倉で書いたとおり、圭子と千倉に旅行に行って帰ってきて勢いで写真とかバンバン載せてた幻のエントリーだったのでおそらく「そろそろ」一周年、です。だから何って言われても困るんですけど。

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