わたくし率は『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります
ぱんぱんで
奥歯に
とじこめられておる!!(帯より)
第140回芥川賞受賞作、津村記久子『ポトスライムの舟
チョムゲブログ: ポトスライムの舟より抜粋:
名前こそ違えど、「ポトスライムの舟」の主人公ナガセは、「十二月の窓辺」の主人公ツガワの「その後」であるように読めた。というより、そう読まないとこっちの身が持たない。
という読み方、つまりどういう経路にしても「ポトスライムの舟」を最終的には読んでいるという読み方をすれば、まだ救われる余地があるし読む価値がある。しかし、
- 「ポトスライムの舟」→「十二月の窓辺」
- 「十二月の窓辺」→「ポトスライムの舟」
- 「ポトスライムの舟」のみ
という読み方をすると、もうこれは、先に述べた「一昔前の純文学」に成り下がるだろうなと思った。だからこそ、著者である津村記久子は2007年に「十二月の窓辺」を発表したあと2008年に「ポトスライムの舟」を書いたのだろうし、書かざるをえなかった、そして、そこまで書いたからこそ、(三度目の正直で)栄えある芥川賞を受賞するに至ったのだと、なんとなく思うなあ。
- 「十二月の窓辺」のみ
で、ですね、今回この『わたくし率―』で、表題作「わたくし率 イン 歯ー、または世界」と、併録の「感じる専門家 採用試験」を読んで、同じような事を思ったわけです。主人公がどうのこうの、の方じゃなくて、「受賞作に至るまでの流れ」というか。
初出の順番でいうと、
- 「感じる専門家 採用試験」が2006年11月(「早稲田文学」)
- 「わたくし率 イン 歯ー、または世界」が2007年5月(「早稲田文学0」)
- 「乳と卵」(「文學界」2007年12月号)
で、めでたく第138回芥川賞を受賞された、ということになる。
彼女の小説を俺は、自我とか自意識のようなものをテーマに書いているように感じるわけですが、「乳と卵」より前の作品たちは、それらにとらわれすぎていた感じで(俺は好きだけどw)、「乳と卵」まで書いて、の、受賞っていうのがやっぱり、ああそうなんだー、と。
「感じる―」と「わたくし率―」もすごくおもしろかったんだけど、そこまでだったら「すごくおもしろかった」どまり、候補作どまりだったんだろうな。「乳と卵」は、もちろん自意識的な要素ありーのだけど、「奥歯に閉じ込められてる感」からは脱していた印象だった。(チョムゲブログ: 乳と卵もよろしければご一読)
あと、前2作は、全体として小ぎれいにまとまっていた感じもした。まとまりすぎていて、読んだこちらの「読後のそれから」が不足していた。
書き続けることで、世界を拓いていったんだろうな、という事がひしひしと伝わってきた。ぐいっと拡がったんだなって。
そんなわけですから、評判の『ヘヴン』もいずれかならず読みたいと思っていますー
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