2010年3月23日

いつも「パーフェクトな洗濯物干し」ができるわけがない。

そんなん言うててもね、まー毎度々々そうそう上手く事が運ぶわけなぞありゃしないわけでね。


今日なんかちょっとすごいんですから。量が何かの拍子で増えちゃって、今の部屋に越してきて初、洗濯機を2回回してるんですから。おかわりしちゃってるんですから。

そうなるとさ、干す段においてよ、ファッキン・バランスだとかファッキン・兼ね合いだとか、ましてやはかなさだとか芸術性だとか、そんんんっなこと言ってられないわけですよね。なりふりかまってらんないわけです。もう真顔でワイシャツピンピンってしてるわけです。いや、もう自分がどんな顔して洗濯物を干しているかなんてどーでもいいわけです、興味ないわけです、誰にとっても。思いもよらないわけです。

部屋干し用のなんつーの、これ。これと、これに付けた洗濯ばさみ、彼ら全員で賄えるか否か、のほうがよっぽど重要になるんであって、干し切ることのほうが最優先になってきちゃうわけです。下手すっと、「乾きゃーいいんだよ要は、乾きゃー」ぐらいの意識。とにかく全員無事にぶら下げること。誰もじめじめと湿気た面させておかないこと。これに集中してるだけでもういっぱいいっぱいなんですこっちは。

これはもはや生活。芸術のゲの字もない活動。


毎日、複数人分の洗濯をされている方がたには、これが普通なんですよねー。びっちり隙間なくぶら下げていかなきゃ立ち行かない、別にネガティヴでもなくため息まじりでもなく、むしろ誇らしげ自慢げに、そう言えるわけですよね。


(※ただいっこだけ気がかりなのは、今のこの2回目の洗濯が干し終わったとき、それはそれでなんかちょっといいんじゃないかしらあは、とか思っちゃいそうなとこです。どあほうー)

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